「鎖国」と聞くと、
「江戸時代の日本は、外国との交流をほとんどしていなかった」
というイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。
でも実際には、日本が外国との交流を完全にやめていたわけではありません。
江戸幕府は、外国との貿易や交流を自由に行わせるのではなく、窓口を限って管理していました。
例えば、
長崎では、オランダや中国との貿易。
対馬を通して、朝鮮との交流。
薩摩藩を通して、琉球王国との交流。
松前藩を通して、アイヌとの交易。
このように、外国や周辺地域とのつながりは続いていました。
つまり「鎖国」は、
「日本が完全に国を閉ざしていた」
というより、
「幕府が外国との交流を制限し、決められた窓口で管理していた」
と考えると分かりやすくなります。
歴史では、言葉だけを覚えると、
「鎖国=外国との交流がない」
のように、意味を単純に覚えてしまうことがあります。
「実際にはどんな仕組みだったのか」まで確認すると、歴史の流れがより分かりやすくなります📚
知っている言葉も、少し深く調べてみると新しい発見がありますね😊

