【歴史シリーズ②|「鎖国」って、本当に国を閉ざしていた?】

「鎖国」と聞くと、

 

「江戸時代の日本は、外国との交流をほとんどしていなかった」

 

というイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。

 

でも実際には、日本が外国との交流を完全にやめていたわけではありません。

 

江戸幕府は、外国との貿易や交流を自由に行わせるのではなく、窓口を限って管理していました。

 

例えば、

 

長崎では、オランダや中国との貿易。

 

対馬を通して、朝鮮との交流。

 

薩摩藩を通して、琉球王国との交流。

 

松前藩を通して、アイヌとの交易。

 

このように、外国や周辺地域とのつながりは続いていました。

 

つまり「鎖国」は、

 

「日本が完全に国を閉ざしていた」

 

というより、

 

「幕府が外国との交流を制限し、決められた窓口で管理していた」

 

と考えると分かりやすくなります。

 

歴史では、言葉だけを覚えると、

 

「鎖国=外国との交流がない」

 

のように、意味を単純に覚えてしまうことがあります。

 

「実際にはどんな仕組みだったのか」まで確認すると、歴史の流れがより分かりやすくなります📚

 

知っている言葉も、少し深く調べてみると新しい発見がありますね😊

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